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ならファミリー 周辺情報街の履歴書
街の履歴書奈良県奈良市
平城京と西大寺
奈良時代の都・平城京
奈良時代の都・平城京奈良盆地の北側に広さ120万平方メートル余りの平城京が新しい都として定められたのは、710年(和銅3年)のこと。元明天皇が、律令制に基づいた政治を行う中心地として、飛鳥に近い藤原京から都を平城京に移したのです。
その後、聖武天皇は、740年から745年まで、都を転々と移しますが、745年には、再び平城京を都としました。そして、長岡京に都が移る784年までの間、奈良の地が都として栄え、この時期を奈良時代といいます。現在、平城京は、奈良県の県都である奈良市のほぼ中央に位置しているにも関わらず、広々とした野原として保存されています。東南には、東院庭園が、南側中央には朱雀門がそれぞれ配置されていて、西北には、平城宮跡資料館、また、北側中央には遺構展示室が設けられ、見学者が後を絶ちません。春には、タンポポの黄色が広がる大地に桜並木が美しく、秋には、椎の実が落ち、草紅葉で染まります。また、平城宮跡に自生する野草は、まとまって自生する場所として、その種類は日本一と言われます。
世界遺産・平城宮跡
世界遺産・平城宮跡1998年、奈良市東大寺・興福寺・春日奥山・正倉院などと共に、「古都奈良の文化財」の世界遺産リストへの登録を受け、平城宮跡は埋蔵文化財として世界遺産に指定されました。平城宮跡には、広々とした野原に朱雀門・東院庭園など当時の面影を残すものが一部復元されております。又、この壮大な風景は奈良時代の風情に思いを馳せる人だけでなく、行楽地としてもたくさんの人を魅了しています。又、埋蔵文化財としての平城宮跡は、東アジアの古代都市を見事に表しており、人類の歴史を解明する上での重要な手掛かりとなりうることを世界遺産としてユネスコが認めたものです。

現代の都・西大寺
現代の都・西大寺平城宮跡の隣にある「ならファミリー」は現代の都・西大寺の中核的な施設であり「街」機能を兼ね備えた複合施設でもあります。交通の要衝であり、ターミナル駅でもある西大寺駅に隣接し、その街機能を支えている「ならファミリー」は、現代の平城京と言えるのかもしれません。古くて新しい街・西大寺は、これからも奈良の核として、ますますの発展が期待できるでしょう。また、奈良遷都1300年に当たる2010年には、平城宮跡で第一次大極殿を復元させる計画もあるようです。

(平成15年8月末現在)

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